一句の投句にソバ一杯    

 

 前句附と呼ばれていたころの川柳は、一種の懸賞文芸だと書きましたが、これを万句合せといいます。毎月三回、点者から募集句の題(前句)を出し、会所と呼ばれる事務所が刷り物を作って、江戸の町のあちこちにある取次ぎを介して湯屋や髪床といった人の集まる場所に張り出します。その題に対する応募句は最寄りの取次ぎへ届けますが、そのさい投句者は、一句単位で投句料を払い込みます。
 川柳評の初期が12文、のち16文になりましたから、一句についてソバ一杯の投資が必要だったわけです。しかも投句者によっては数十句から百句を超える人もあったということになれば、投句料だけでも相当の額になります。これが特別だとしても、この時代に川柳を楽しんだのは、精神的にも経済的にも比較的ゆとりのある人びとだったということで、応募句は一万にも二万にも達しました。 
 入選句の発表は再び刷り物で配られますが、入選率は百句に三句弱、それでも高点に採られた句には、褒賞(換金もできる品物)が与えられ、一句16文が時には30倍以上にもなりました。

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