十六代目川柳嗣号の事

 2017年3月31日、十五代目脇屋川柳師の逝去により、生前の指示と同師よりの允可「櫻木庵」により尾藤一泉が十六代目川柳を継承いたします。



 一泉は、1981年に十五世脇屋川柳の弟子となり、以後同師の指導のもと、川柳学会の創設をはじめ、〈川柳250年〉、〈柳多留250年〉等の文化行事を推進、学問、文化としての川柳発信に尽くしてまいりました。脇屋師の指導は、句会の閉鎖社会にとどまらず、川柳を生きた文化として社会に貢献できる存在とすることで、この指導を実践することをまず第一と考えています。
 もう一人の師・
尾藤三柳の死によって、「川柳公論」を継承、主宰誌の「川柳さくらぎ」と統合して「川柳はいふう」を創刊しましたが、三柳の指導は、学問としての川柳体系の確立と、これからの川柳を考えることでした。
 いずれも、伝統をベースとして時代に即した文芸として川柳を育て広める事を大切に教えられてきました。
 師が培った川柳への誇りと愛、そして畏怖の念を継承し、新しい時代へ繋ぐことが私の役割となりました。
 「川柳」の名を汚さぬよう、また、初代川柳から興った川柳のアイデンティティを大切にして、川柳を通じて文化に貢献してまいりたいと思っております。
 どうぞよろしくお願いいたします。
                                  尾藤 
川柳


 2012年12月27日、允可とともに歴代川柳の譲り物である「元祖柄井川柳翁像」および「無名庵の印」を継承いたしました。
 嗣号に関しては、「私が死んだら翌日から」と指示を受けていましたが、100か日および十五世脇屋川柳師を偲ぶ会を終えて、8月1日に正式襲名いたしました。