梅雨晴の敷石にあるものの影  雀郎

 


〈梅 雨〉

 この季節といえば梅雨の長雨。夏至を中心とした前後20日程度の雨期をさしますが、旧暦では〈五月雨〉のことだそうです。梅雨に入ることを入梅といい、うっとうしい季節になりますね。

  つゆのうちこまる畳の二日酔  扇風 樽八七‐3

 江戸の川柳では、この湿っぽい季節を、酒の注ぎこぼしが翌日になっても乾かないことに喩えて「畳の二日酔い」とは、実に上手いことを言います。湿っぽさで困るのは畳だけではなく、心の湿っぽさの方が厄介です。

  六月の質屋ながれん武者を干シ    樽一二‐40

 江戸も開幕から150年以上も経つと平和な世が続き、武士よりも商人のほうが力をつけてきます。禄が決まっている武家は、貨幣経済に着いて行けず、不要になった鎧などを質に入れて現金を調達するのですが、「いざ」ということを考えれば、質流れにはできません。預かった質屋さんの方も、品物を傷めてしまっては申し訳ないと、梅雨の晴れ間に虫干しをします。「武者を干し」という比喩は、戦乱から安定期にはいった武家社会の一面を見事に表しています。前句「口おしひ事口おしひ事」は、皮肉に響きあっています。
 さて、今月の一句は、前田雀郎翁の作品、

  梅雨晴の敷石にあるものの影   雀 郎

を紹介いたしましょう。
 長雨の最中は、お日様も見えず影もないような日が続きますが、ひとたび雲が切れると、もう夏の日差し。影は、埃が除かれた空気を通して射す日差しに黒々といった風景が見えそうなところですが、作者がそこに見出したのは、自身の影だったでしょう。
 梅雨のジメジメは、心のジメジメでもあり、ふとした気象の好転に自らの存在を再確認した瞬間でもあったでしょう。
 日常の何気ない瞬間に、自己を見つめることができるのも川柳です。