初代川柳顕彰碑
正 面
柳翁柄井八右衛門は一七一八年生当地にて名主職を継ぎ、号を川柳また無名庵、緑亭を称す。 現在の川柳の母胎ともなる前句附の点者として活躍、「川柳評万句合」は最も著名で、後に文芸としての名称に川柳の号を冠するまでに至った。 一七九〇年没、茲に故人ゆかりの地に碑を建て、その功績を永く顕彰する。 平成四年四月 台東区
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