川柳博物館(仮称)の創設について


 現在、私たちが受け継いでいる「川柳」という文芸の名称は、明治以降に固定したものですが、その元となったのが、柄井八右衛門という人の俳名「川柳」で、その名が世に現れて、昨年でちょうど二百五十年を迎えました。この八右衛門という人は、江戸は浅草新堀端(現台東区蔵前四丁目)に現存する天台宗龍宝寺門前の名主で、宝暦七年(一七五七)四十歳の折に、前句附という附合い文芸の宗匠となり、号を「川柳」と称し、八月二十五日にはじめて万句合の第一回開キ(発表)を開始いたしました。
 この川柳宗匠の選んだ句が「川柳点」と呼ばれ、独特の面白さが江戸中の評判となります。さらに、これが『誹風柳多留』という選集となり、ベストセラーになったことから、川柳の名はいよいよ高まり、その文芸は、黄表紙や洒落本などとともに江戸文学の一角に伝統文芸としての地位を占めることになりました。
 現在でもひとびとが思い浮かべるような人口に膾炙した句をたくさん残し、近代文芸としての川柳は、新聞やメディア、公募を通じて今や全国民の楽しみとなりました。
 反面、文化としての川柳は、俳句や短歌のように学問となることが少なく、江戸期の史料は公立の図書館などで多少収集されておりますが、それ以降の膨大な作品、資料は生みっぱなしの状態で放置され、江戸を継承する明治期の資料に至っては、ほとんど顧みられることがありませんでした。
江戸というローカルな地域で発祥し、今日全国化したこの文芸に誇りをもって、東京の伝統文化、都民の財産とし、この小文芸の研究、発展、発信の元となる文学施設を設置することは、地域文化貢献のためにも重要なことであります。
右により、川柳を文化として国民の共益に資するような文学館として創設しようとするその目的は、概ね次の通りです。

  一.川柳史料の収集・研究・修復・保存・展示(川柳博物館機能)
  二.川柳および関連書籍の収集・整理・公開利用(川柳図書館機能)
  三.川柳教室の開催(カルチャーセンター機能)
  四.川柳句会の定期開催(コミュニティー機能)
  五.川柳を通じた江戸・東京文化の発信(地域文化機能)      詳細文書

 以上をベースに、「江戸発祥の地域文化を継承、川柳文芸の発展・普及を期するとともに、川柳を通じて日本語文化の再認識、向上・発展、さらには地域振興を目指す」ことにあります。

    平成20年3月

                        台東川柳人連盟幹事長 内田 博柳
                         川柳学会専務理事   尾藤 一泉