祖父、父が川柳家である家に生れ、15歳より川柳をはじめました。
 父の主宰する「川柳公論」編集委員として川柳に親しみ、特に川柳の研究分野に興味を啓かれました。
 一時期、遅れて生れた企業戦士として会社人間となり、川柳から足が遠のいた時期もありましたが、日本の高齢化社会は、川柳という文芸にも忍び寄り、かつて可愛がられた先輩柳人が去ると、川柳の伝統や知識が、継承されていないことに気づき愕然としました。また、川柳が、吟社や句会、機関誌の運営が困難になる「限界集落」ならぬ「限界文芸」になりつつある現状に危機感を抱いたのは、ちょうど世紀が変わる2001年ごろでした。
 もうひとり、十五代川柳の脇屋川柳師にも師事、川柳宗家の作法、意識の薫陶を受け、古川柳以来の川柳文化の重要性を仕込まれました。伝統文化としての川柳です。
 平成29年に十五代川柳の允可により十六代川柳を嗣号、盛大な
襲名披露大会が行われました。
 新川柳以降の文芸性の大切さとともに、父・尾藤三柳に仕込まれた「川柳」を体系化し、学問として伝えるとともに、川柳の楽しさを周辺文化とともに社会に生かせるよう、川柳の文化発信に力を尽してまいりたいと思っています。
 尾藤家三代の川柳家により蒐集された川柳史料は数万点にのぼり、この史料の散逸を防ぎ、収集・整理・保存・研究・公開を目的とした〈朱雀洞文庫〉を創設しました。これらの資料が川柳を通じて日本文化に少しでも貢献できれば幸いです。
 川柳講座、川柳教室、講演、著述、川柳展の企画、公募川柳の選者等、川柳を楽しみながら総合的に伝えるべく、幅広い活動を心がけてまいります。
 
川柳を社会や人生に活かせますよう、ご指導ご鞭撻ください。